高校1年生の夏、俺は幼なじみで2つ年下の子、Hと旅行で遊園地に行った。夕日を背景に、観覧車の中という“ありきたり”なシチュエーションでHから告白されたことは今でも昨日のことのように思い出せる。幼なじみってこともあって、最初はHも恋愛感情ではないと思った。けれどあいつの目は本気だった。そしてあんなに可愛い照れた顔をしたHを俺は見たことがなかった。なによりこんなにドキドキするなんて…。観覧車がてっぺんに昇ったとき、俺は答えを出した。ゆっくりと二人の陰は重なった。
その後しばらくして、Hは交通事故でこの世を去った。今でもふと『あの時あいつは予知していたのだろうか?』なんて思ってしまうことがある。あの日の夜、エッチが終わった後、Hがウトウトするのを待って俺は自分のベッドに戻ろうとした。俺は誰かが近くにいると眠れないのだ。その時手を引っ張って「なんか怖い…。」と言って離さなかった。その日は『珍しいなぁ、甘えたいのかな?寝ボケてるのか?(笑)』としか思わなかったんだけど…。
悲報を聞いて病院から帰ってきた後の記憶があまりない。親曰く、3日間何も食べなかったそうだ。夏休みが明けても毎晩ベッドで泣いていた。
『Hじゃなくて俺が死ぬべきだったんだ…。』
『なんでこんなダメな俺がノコノコ生きてるんだ…。』
けれども友達の前では心配をかけないように、いつも明るく振る舞うようにしていた。この頃から週に1度や2度は休みがちになり、欠席日数は大幅に増えた。
そんな事件があってから1年半以上が経ち、桜の花びらが少しずつ舞う頃、高校3年生を迎えた。この頃になると心は少しずつ癒え始めていた。何より高校生活最後のクラスは自分にとって理想的で、当時の自分にとってはこれ以上ないくらい幸せだったが、それでも何か心の中で足りないものを感じていた。
そしてある朝、俺はいつも通り電車に乗り込んだ。この日はいつもと少し違う車内。そう、新しい1年生が今日から登校してくるのだ。もともと電車の中は普段から自分達の高校の生徒が占領していると言っても過言ではないため、1年生はすぐに分かってしまう。俺は友達と一緒に座席に座りながら、新入生を眺めていた。
そんなとき、1人の子に目がいった。身長は170cmくらい、顔は誰が見てもモテると思うくらい可愛い系だった。友達と一緒にいるみたいだったが、あまり喋らない無口な性格のようだ。そして少し寂しそうな目をしながら、彼の周りだけひっそりとした違う世界を醸し出していた。気にならないと言えば嘘だけど、俺は「こんなに可愛い子っているもんなんだぁ。」くらいしか思っていなかった。
その日から毎朝同じ電車で彼を見かけるようになった。俺は座席には座らず友達と別れ、近くで彼を眺めるようになっていた。何度か隣に来てくれたときは、ドキドキしっぱなしで…。この感覚、この気持ち、忘れかけていた夏のあの日―俺はこのとき、人を好きになってしまったことに初めて気づいた。
とにかく毎朝その彼を見るだけで元気づけられた。いつの間にかそれだけが楽しみで毎朝起きるようになり、欠席はあっという間になくなった。同じ電車に乗ってこない日は不安になり、(理系ってこともあって)暇な国語系の授業ではボーッと彼のことを考えるようになっていた。
ある日、小学校からずっと同じ学校に通っている1年生の後輩Aと話をして、たまたまその電車の子とAが小学校2年生くらいまで同じ小学校に通っていたことが判明した。(Aは2年生の終わりくらいに転校したきた。)Aは覚えていなかったそうだが、電車の子はAのことを覚えていたそうだ。「ふーん、純粋な子なんだなぁ。」と強く実感した。Aは電車の子のことを結構教えてくれた。名前、学年でも成績が優秀なこと、結構無口なこと、女子にモテモテだけど本人は女の子があんまり好きじゃないこと、呼ばれているあだ名など様々だ。
時は流れて10月、学園祭が終わってしばらく経った頃、Aにアドレスと『よかったらメールください!』みたいな短いメッセージを添えた紙を渡してもらうことにした。本当は自分から渡そうと夏休み前から用意していた。ベッドの中で妄想シミュレーションを何回も行った。それでも勇気がわかずに渡せなかったから仕方がなかった…。で、結論から言ってしまえばもちろんメールは来なかった。つまり『当たって砕けた。』ということだ。でも不思議と気分は良かった。
当然高校3年生な俺はその日から受験に向かって一直線。センター試験、二次試験と近づくごとに学校の図書館で何時間も勉強した。相当辛かった。それでも彼の存在と、彼のことを好きでいる気持ちが受験を乗り越える一番のパワーになっていた。
今は大学1年生になって初めての春休みを迎えている。今でも辛いときはHのことを思い出して一人で泣いてしまうときがある。それでもあの時彼のことを好きになれたことで少し自分が変わった気がした。「ありがとう。」今悔しいのは、一番伝えたいその言葉を彼に伝えられないことかな?
東京から実家に帰ると、必ずその日にHのお墓参りへ行く。
「もうそろそろ、許してくれるかな?」